2013年01月17日

 映画『アルマジロ(ヤヌス・メッツ監督)』公開直前トークイベントに行ってきました

2013年1月15日に、渋谷アップリンクで開催された「先行上映会」に行ってきました。
「戦争映画のドキュメンタリー」「オウムのドキュメント『A』『A2』の森達也監督が、トークショーのゲストとしてこられること」に惹かれて、渋谷までおでかけしてきました。

感想を端的に言うと「これも、戦争か?」でした。

「アルマジロ」は、デンマーク映画で、デンマークには徴兵制度があって(と、見終わってから知りました)、それにしたって「沢山のことを学べる。大きなチャレンジだし、冒険でもある」という理由で、あえて危険な任務を選ぶことに違和感を覚え。

さらに、映画にでていた徴兵された若い青年(兵士)たちが、任期が終了したあとに、ひとりをのぞいて「アフガンに戻った」「アフガンに戻りたい」と言っていることに、「何で??」と疑問を覚えました。

その間をつなぐ映像はリアルなのですが、どこか現実感がもてませんでした。
戦場(緩衝地帯なのでしょうが)にいたって、日常の延長にいるというか。

インターネットでエロサイトを見て、興奮する兵士たち
家族とケータイで日常的な会話をする兵士たち(その背景には、戦場が広がるのですが)
最前線にいても「早く戦闘がしたい!」というようなことを言ったり。

そんなに刺激が欲しいのでしょうか?

わたしが、日本でみてきた「戦争」は、悲惨で、空腹で、しんどくって、悲しくて、無力で、無様で、でも、芯の通った揺るぎなさのあるものでした。
そのように、洗脳されてきたのかも知れません。

それに比べて、このデンマーク兵たちの軽さは、いったい何なのでしょうか?

「これも戦争なのか?」
頭から、この疑問が離れません。
posted by けいけいあかか at 00:20 | Comment(0) | 映画のレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月14日

映画『ニッポンの、みせものやさん』奥谷洋一郎監督

新宿の「K's cinema(ケイズシネマ)(新宿ケイズ・シネマ)」で映画『ニッポンの、みせものやさん』奥谷洋一郎監督をみてきました。

寺山修司の作品、丸尾末広の少女椿にでてきた「見世物小屋」に興味津々で。
怖いものみたさ、異系への憧憬、醸し出されるアングラな雰囲気などに、惹かれました。

でも、であうことが叶わず、すっかり熱も冷め、忘却の彼方に飛んでおりました。
別の映画を見たく「K's cinema(ケイズシネマ)」さんのホームページを見ていたところ「ニッポンの、みせものやさん」を見つけてしまい、「見世物小屋」熱がぶり返しまして。

「見世物小屋」を知るよいチャンス!と、新宿までおでかけしてきました。

『ニッポンの、みせものやさん』は、「見世物小屋」の歴史、仮設興行の遷移の概要がわかり、そこで生きる人々の生活が垣間みれて、好奇心が満たされました。

上演後のトークショーで奥谷洋一郎監督が「大寅興行社さんも、商売上手なところがあって」「ぼくたちは、子供扱いされていたところがあって」と、おっしゃっていました。

確かに
「裏社会の方たちは絡んでいないのですか?」
「みんな一緒に暮らしていて、男女関係がすごいことになりませんか?」
「映画『エレファントマン』を見て、どう思いますか?」
「大夫さんは、どのような一生を送るのですか?」
など、自分が知りたくてしょうがない部分に、突っ込んでくれない残念感はあるのです。

奥谷洋一郎監督自身も、撮り足りなかったと、感じている部分があるのかも知れません。

それを含めても、おもしろかった。

ほんものの「見世物小屋」を見にいく!そう決意しました( ̄^ ̄)ゞ

posted by けいけいあかか at 11:18 | Comment(0) | 映画のレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月04日

ぼくらの☆ひかりクラブ 下[中学生篇] 古屋兎丸



さて、2012年末にであってしまった「ライチ☆光クラブ」の前日譚の後編です。

滑川が、ゼラになる、タミヤがタミヤのままでいる過程が描かれています。

ゼラ(滑川):大人になんかなりたくない×3 感情とか気持ち悪い 愛とか気持ち悪い(中略)機械になりたい 体も心も 決して傷つくことない完璧な機械に・・・
ジャイボ:綺麗じゃなくなったら、ゼラに捨てられる・・・いらないよ・・・ゼラの心を奪うものなんて・・・全部いらない
タミヤ:俺は成長を否定なんてしないぞ!!父さんも母さんも大好きだ!汗かいて一生懸命僕ら家族を養ってくれる 父さんみたいな父親になりたい
(以上、引用)

本人がもって生まれた性格もあるでしょうが、あまり恵まれた環境でないにせよ、親御さんのありようが大きく影響しています。

ゼラ(滑川)が、無責任な父と、悲観的な母のもとで育ったのに対し、タミヤは、愛されて育っています(たぶん)。
それが、ふたりの「成長」に対する姿勢に影響を及ぼしているようです。
ゼラ(滑川)だって、もう少し成長して、世界が広がれば、ましな大人に出会う機会もあったろうに。

ただ、雨宮がジャイボになった成りゆきがつかめないのが残念です。
ライチ☆光クラブの裏番長、影響力、行動力があって、変人さんなジャイボ(雨宮)の人格形成の過程が掴めません。
あの常軌を逸脱した一途な愛情は、何故に生まれたのでしょうか?

ぼくらの☆ひかりクラブ[漆黒の薔薇 ジャイボ編]が読みたいです。

icon_amazon.gifぼくらの☆ひかりクラブ 下[中学生篇]
icon_rakuten.gifぼくらの☆ひかりクラブ(下)[中学生篇] [ 古屋兎丸 ]
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2013年01月03日

ぼくらの☆ひかりクラブ 上[小学生篇] 古屋兎丸


どれだけ気にいったのか?古屋兎丸さんの著書を読んでいます。
この作品「ぼくらの☆ひかりクラブ 」は、「ライチ☆光クラブ」前進、小学生の頃の「光クラブ」が描かれています。

真実の弾丸タミヤを中心に、小学生らしい秘密結社「光クラブ」が結成されます
そこから光クラブが、完全に「ゼラ」のものになるまでの経緯がわかります。
成長=死
それをしっかり認識しておいてほしい!!
ただし僕たちは例外だ!!マシンが完成したなら僕たちは無敵だ
その時点から僕たちは大人になることはない!!
大人になるまで生きることは大きな罪なのだから
(ゼラの台詞の引用)

10代の頃は「大人」になることに対して、嫌悪感をもちがちです。
わたしも、中学生の頃や、高校生の頃そうでした。
それは、なぜなのでしょう?

思うに「こんな大人になりたい」と言わないまでも「歳を重ねるもの悪くない」と思えるような大人たちが、周囲にいるか、否かの気がします。

わたしは、大学生になって、バイトをしたり、バイクで旅したりで、素敵な大人たちにであうようになって「大人になるのも悪くない」「自分もすてきな大人になりたい」と思うようになりました。

中学生や、高校生の頃は、視野が狭すぎて、素敵な大人の存在に気がつかなかったのかも知れません。

今の自分は、中学生や、高校生からみて「大人になるのも悪くない」
そう思ってもらえる存在になっているのでしょうか?

icon_amazon.gifぼくらの☆ひかりクラブ 上[小学生篇]
icon_rakuten.gifぼくらの☆ひかりクラブ(上(小学生篇)) [ 古屋兎丸 ]
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2013年01月01日

自殺サークル 古屋 兎丸



年末年始に、集中して読んでいる「古屋兎丸本」の第3弾。
「古屋兎丸本」には珍しく、自分を放棄した10代がでてきます。

大丈夫よ 私なんにも感じないから 痛みも嬉びもなにもないから
光子さんはもういないから 私は私と関係するの もうやめたの
(小夜の京子との会話の小夜の台詞の引用)


お話は、新宿駅で54人もの少女が電車に飛び込み、集団自殺をしたところから始まります。
生存者はただひとり――その名は小夜。
集団自殺の生き残り小夜は、「光子さん」に導かれるまま「自殺サークル」を作り上げてゆくのです。
その「小夜」と、彼女の昔からの友人「京子」を中心に物語は展開していきます。

小夜は、自分の関係者であるために、光子が必要になりました。
「自分が自分の関係者」であるために、誰か、何かを必要とするのは当然のことです。
常識の範囲内であれば「友情」「愛情」「親子」「絆」「つながり」と呼んだりします。
常軌を逸脱すると「カルト」と呼んだりします。

それまでは、父や、京子がその役割を果たしてくれていたのでしょう。
ただ、父や京子が機能しなくなり、光子にその機能を求めます

やがて、光子がいなくなり、小夜は、自分の関係者であるのをやめました。
そして、周囲に求められるまま「光子」になりました。

「小夜」は「光子」として「誰かが自分の関係者であるために必要な人」になりました。
それは「誰かが自分の関係者ではなくなる」自殺へと導くためなのです。

「わたしがわたしの関係者」であることが自明で、過剰な自意識をもてあます「古屋兎丸作品」の中で、「わたしがわたしの関係者でない」「誰かが自分の関係者ではなくなる」本作は、異色です。

icon_amazon.gif自殺サークル (Fx COMICS)
posted by けいけいあかか at 21:19 | Comment(0) | コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ライチ☆光クラブ 古屋兎丸



わたしが、古屋兎丸さんの漫画に「はまった」きっかけ「ライチ☆光クラブ」。
twitterで「ヴィレガン」の「丸尾末広!」という「つぶやき」をみつけ(丸尾末広も大好き)、リンクをたどっていったら、なぜか「ライチ☆光クラブ」にたどり着きました。

おもしろそうなので、読んだところ、すっかりはまりました (ー_ーゞ

お話は、蛍光町の片隅にある「光クラブ」と名付けられた少年たちの秘密基地で、繰り広げられます。
崇高な目的のための「ライチ(人型マシン)」が完成して惨劇がはじまりました。

廃墟の帝王「ゼラ」:究極の美を保管すること。常人にあらざる異形の者にこそ神は宿る

漆黒の薔薇「ジャイボ」:僕は大人になっていくよ・・・醜い大人に・・・やだよ・・・ゼラ、僕だけを見てて欲しいんだ


大人と子供、美しさと醜さ、男と女、純真と邪心、人間と異形、性欲と恋、支配する者と支配されるもの、正義と悪、冷静さと狂気など、様々な概念を対立させながら、物語は進んでいきます。

でてくるキャラクターが、一途で、一生懸命で、ひたむきで、でも情熱の傾け方が、世間からずれているので、イタイのです。

ゼラがつくりあげた廃墟の帝国「光クラブ」を破滅へと導くのが、「ゼラのために」策略を巡らした、ジャイボのゼラへの純愛だというのが、あまりに痛くて、泣けてきました。

みっともなくて、かっこわるくて、無様で、悲惨で、報われなくて、方向違いの努力して。
自分の中にも、そうした部分は、あります。

「光クラブメンバー」のそれぞれに、「生きていたら、何とかなるよ」と、肩を叩いて、声をかけたい気になりました(全滅するのですが。)

白い手袋に「★」描いて、ゼラをごっこしようかな。

icon_amazon.gifライチ☆光クラブ (f×COMICS)
icon_rakuten.gifライチ・光クラブ [ 古屋兎丸(1968-) ]
posted by けいけいあかか at 19:39 | Comment(0) | コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

少年少女漂流記 古屋兎丸/乙一



半年くらいドタバタしており、読書感想文を書いておりませんでした(汗)
ここにきて、一段落して余裕がでてきたので、キリのよいお正月から本の感想文を復活します。

記念すべき復活第一回は、最近はまった「古屋兎丸」さんの共著(乙一さんとの)です(* ̄∇ ̄)ノ

古屋:やっぱりね、過去の自分に「大丈夫だよ」と言ってあげたいのいうのが、僕にも乙一さんにもあったんじゃないかな。

古屋:自分の自意識の大きさと存在のちっぽけさとの折り合いがつかなかったあの頃の少年少女たちに「大丈夫だよ。嵐は通り過ぎるから」と言ってあげたくて、この作品が生まれたという気がしています。(巻末特別付録の対談より引用)


この対談を読んで、わたしが古屋兎丸さんの著書を好きな理由がわかりました。

わたしは、たぶん永遠の「中二病」で、いまだに「自分の自意識の大きさと存在のちっぽけさとの折り合いがつかなかい人」なのです(T-T*)

アラフォーまで生きてきているので、客観的に見たら「イタイ」コトをしている、というのはわかるようになっています。
「嵐」をやり過ごす方法も覚えました。

でも、誰か、何かに「大丈夫」と承認してほしい時だってあります。
友人等でも、よいのでしょうが、あまりに痛すぎて、周囲に話せないことだってあります。

そんなときに「古屋兎丸」作品なのです(汗)

「古屋兎丸」作品にでてくるキャラクターたちは、わたしの一部で、どこかしろ共感できてしまいます。
「それは、わたし!」と。
そんな自分の一部が「いつかは、何とかなるよ」と、よしよししてもらっている気がするのです。

だから「古屋兎丸」作品、好きなのだな、と思いました。
「中二病」が、発病して、やさぐれたときには、「古屋兎丸」作品を、読み返そう。

icon_amazon.gif少年少女漂流記 (集英社文庫)
icon_rakuten.gif少年少女漂流記 [ 古屋兎丸 ]
posted by けいけいあかか at 18:30 | Comment(0) | コミック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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