2012年03月18日

第五番 久坂部羊

為頼は思う。これまでの自分は、懸命にいろいろなものを見ようとしてきた。そのほうがいい結果につながると思ったから。しかし、見えないほうがいいこともあるのかもしれない。何も見ずに、できるだけのことをする。そういう生き方もある。
為頼はふじ着な気持ちで菜見子を見返した。言わなければならないことは話した。それで思わぬ方向に話が進むのなら、受入れる以外にない。
「希望」とは、もともとそういうものなのだから。(引用)


「廃用身」「破裂」「無痛」と、医師だからこそ書ける医療、高齢者問題を扱ってきた久坂部羊氏の最新作です。
久坂部羊さんの小説が気になって、新作がでるたびに読んできました。
「本が好き!」さんで「第五番」が、献本されていたので応募して、頂戴しました。

「無痛」の続編にあたる「第五番」は、「新型カポジ肉腫」というウィルス性の病気が、日本で同時多発的に発生をし、医師、患者、WHO、厚生労働省、画家が絡んで、すったもんだする、という話です。

お医者さんの、せこさと偉大さ、保身と挑戦、特異体質に生まれてきた悲しみ、支えようとするエゴとやさしさ、他人をコントロールをしようとする邪悪さ、芸術のために、他人を踏みにじる傲慢さなど、わたしには、テーマが多すぎて、消化しきれていません。

そんな中で、こゝろに残ったのが、引用をした為頼の台詞です。

為頼は、人間の外見をみれば、外にでている兆候で、病気が診断できる医師です。
今回の「新型カポジ肉腫」も、そういった診断力を武器に、原因と治療法を導きだします。

そして紆余曲折を経て「何も見ずに、できるだけのことをする。そういう生き方もある。」としたのです。
「懸命にいろいろなものを見よう」「そうしたほうがいい結果につながる」と、思っていたのに。

こういった諦観は、必要でしょう。
思うに、ここ15年で「見ておいたほうがよいこと」は格段に増えました。

インターネットはどうやってつながるの?スマフォのアプリ使いこなさなきゃ!
twitter、SNSはどういう仕組み?ブログって古いの?など。

ただ、見なくたって、生きていけることでもあるのです。
15年前には、知らなくたって、平気で生活していました。
少なくとも、わたしはそうでした。

情報に振回され、不安になって、おろおろするくらいなら、「何も見ずに、できるだけのことをする」と、決めてしまったほうが、こゝろ安らかに、穏やかな日々をおくれます。

受入れる以外のないものを「見よう見よう」として、苦しんでいる気がします。

同じ「受入れる」にしても、「インターネットを遮断して生きていく」「仕組みはわかりませんが、アカウントをつくって、つぶやく」など、「受入れ方」は様々で、自分にあった「何も見ずに、できるだけのことをする」とすればよいでしょう。

そうしたほうが、幸せになれます。きっと。

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タグ:久坂部羊
posted by けいけいあかか at 20:38 | Comment(0) | 世の中のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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